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栃木県というのは栃の木が多いから附けられた名か、それは知りませんが、何んでもこの附近一帯の山には栃の木は非常に沢山あります。しかも喬木が多いのですが、その代り田地はない処。畠はあるが、畠には一面に麻を植えてあります。鹿沼は麻の名産地といわれる位の処で、垣根も屋根の下葺もすべて麻柄を使ってあって、畠は麻に占められているから、五穀類は出来ません。それで住民は何を食物にしているかというと、栃の実を食べている。栃の実を取って一種の製法で水に洒して灰汁を抜き餅に作って食用にしている。それで、栃の木の所有は田地の所有と同じ格で、嫁入り婿取りなどに、栃の木何本を持って行くとかいって、数の多いのが有福の証となった位、栃の木はつまり食い料でありますから、この近在に栃の木の多いのも道理もっとものことであります。
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