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嬉遊笑覧 巻十上 (飲食)酢むつかり を書き起こしてみた

酢むつかり【宇治拾遺】併に【古事談】(三)にも出たり慈恵僧正戒壇を築たる物語に浅井郡司僧膳のれうに大豆をいりて酢をかけたるをなしに酢をばかくるそととはれければ郡司云あたたなる時酢をかくればすむつかりとてにがみてよくはさまるるなり僧正云いかなりともなしかははさまれぬやうやあるべき投やるともはさみくひてんとありけれはいかでさることあるべきとあらがひけり僧正かち申なばことごとあるべからず戒壇を築て給へとありければやすきこととて煎大豆を投やるに一間ばかりのきてゐ給へて一度も落さずはさまれけり袖(柚)のさねの唯いましほり出したるをまぜてなけやりたるをぞはさみすべらかしたまひたりけれどおとしもたてず又やがてはさみとどめたまひける(この内袖のさねのこと見ゆればこの酢は袖の酢としらる今もゐなかにては木の實を酢に用ること多し)武州騎西の邊にていまもすみづかりとて調べて道祖神などに手向るよし委しくも聞かざりしがさいつ頃日光山に詣て其邊にて用る初午おろしと呼器物をみて其名は形よのつねの薑擦に似て松板にて作りあまた竹釘を打て釘の末を両方より諸刃の如く削りたりすみづかり調る法(しかた)は大根を此器にておろし水にて洗ひよく絞り大豆を熬皮を去て酒粕を能擂漉(すりこし)たると二種(しな)交て煮る暫くして醤油を加へ䀋梅ととのへて是を稲荷の祠に供すその供へやうまづ藁苞を二つ作り一には赤飯を入一にはすみづかりを入て苞二ツ合せて一ツに結付るなり此は上野國沼田といふ處の一平塚稲荷は其邊にての大社なり関東惣社と稱す二月初午より己後晴天三日をつらねて祭日とす若その三日雨天なれば日を延すとなり此初午及三日に近在より彼すみずかりを持來りて社頭に備る事夥き故に社前に四斗樽を併べ置て是に入しむ樽に満たるをば竹の笊にて水に漬洗ひて豆ばかりを取て味噌に作る社家年中の食料とするに足れりとなむ竹木にて造たる大根おろし今一種ある先年下総佐原より古たるを得たり是は兩股なる木の枝を用削りたる竹に鋸歯を刻み二またの木の間に横に並べて両端を釘にて打付けたるものなり是も竹釘のも大根のおりたる様はおなじ佐原にてはがりがりおろしといふ騎西にて用るも是なりといへり日光にて此製のことを尋けるに此地にてもその如く作れるも又箱に作りたるも有といへり調やうはかわりたれども是件の酢むつかりの遺製なり【本朝文鑑】に九蚶が醋徳好頌に煎豆とは中あしく大根おろしとは明暮したしむといへるは酢むつかりのことをおほめかしたりと聞ゆ

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嬉遊笑覧 下

著者:喜多村信節 著, 日本随筆大成編輯部 編

出版者:成光館出版部

出版年月日昭和7 5版

国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1123104 (参照 2023-03-16)を参照しました